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2010.02.20 金沢城 鶴丸倉庫

金沢城・鶴丸倉庫は、石川門から左方向に向かった、東の丸附段にある土蔵です。鶴丸倉庫いつ建てられたものかは長らく不明でした。明治時代に金沢城が陸軍の管理化にあった頃に、軍が建設したとも考えられていました。現在では、江戸時代後半の建築と考えられています。城郭土蔵としては最大級だそうで、現存するものも少なく貴重な建築かと思います。続いて、三十間長屋へと向かいます。<ブログランキング>ポチッとな!でお願い...

2010.02.20 金沢城 石川門

石川門は、金沢城の搦手門(裏側の門)です。兼六園とは橋を隔てた反対側になります。金沢城 石川門兼六園側から見た石川門です。現存する建物は、宝暦の大火後の1788年に再建されたもので、国の重要文化財に指定されています。一の門、二の門、続櫓、石川櫓などで構成された、複雑な構成の枡形門です。手前の橋の下は道路になっていますが、かつては百間堀というお堀がありました。金沢城と兼六園のある台地とを分断する、防...

2010.02.20 金沢城

金沢駅から、タクシーで金沢城へと向かいます。金沢城 石川門金沢といえば、加賀前田100万石のお膝元です。初代・前田利家は、織田信長に仕えた武将で、「槍の又左」の異名を持つ豪傑で有名ですね。前田利家は賤ヶ岳の戦いの後、羽柴秀吉に降りますが、加賀2郡を与えられ、金沢城に入ります。これにより、加賀前田100万石の礎が築かれます。関が原の戦いの後も、前田家への幕府の信任は厚く、幕末まで繁栄します。江戸時代...

2010.02.20 金沢駅

再び金沢駅です。金沢駅案内板今朝、急行・能登の金沢到着が7:00頃(30分程度遅延)で、そのまま福井へ向かっています。約6時間ぶりに金沢へ戻ってきました。これで、いちおうは福井にも行った事がある・・・って事になるのでしょうかね?芦原温泉から乗って来た、特急・しらさぎは、このまま富山へと向かいます。特急・しらさぎ 金沢駅金沢駅のホームで、立ち食いそばを食す事にします。立ち食いそば 金沢駅立ち食いそば...

2010.02.20 芦原温泉駅

芦原温泉駅はJR北陸本線の駅です。芦原と書いて「あわら」と読むのだそうです。芦原温泉駅旧称は金津駅、芦原温泉駅に改められたのは、1972年(昭和47年)と意外に古いです。金津駅の時代には、旧国鉄・三国線、京福電鉄・永平寺線などの路線が乗り入れていました。1969年(昭和44年)に永平寺線の金津駅~東古市駅間が廃止されました。さらに、三国線も1972年(昭和47年)に廃止され、北陸本線だけの駅として...

2010.02.20 丸岡城 天守閣内部

丸岡城の天守閣へ登ります。石段を登りきると、入り口になっています。天守閣入り口靴を脱いで、板敷きの場内へと入ります。正面の階段は上層へと登るたものものですが、非常に急なため縄がかけてあります。天守閣内部 その11階の奥です。柱が並んだ板敷きの床で、余計なものは無いです。良くある事なのですが、全国の城の写真が展示されています。天守閣内部 その2こちらは、2階の内部です。(たぶん・笑)やはり急な階段が...

2010.02.20 丸岡城

永平寺から乗ったタクシーの運転手さんの提案で、丸岡城へ向かう事にします。地元出身とおっしゃる運転手さんは、僕より少し年上に見えました。駅から離れていて、なおかつ、他に見る所も無いので、本当に丸岡城だけを見に行くようになる事。個人的には好きな場所で何度も行っている事などなど、実に色々な事を話してくれます。バス乗り場に立ち寄ってくれて、バスの時刻を確認してくれたうえで、城のある場所まで行っていただきま...

2010.02.20 永平寺

えちぜん鉄道・永平寺口駅からタクシーに乗り、永平寺へと向かいます。永平寺入り口付近画像の右側方向が永平寺の境内です。道路が左へ曲がっていて、その先が門前です。けっこう雪が積もっていて、土産物屋の方が雪かきをしていました。永平寺境内にて境内に入り、参道の途中にある木の様子です。枝に雪がビッシリです。タクシーの運転手さんに説明いただいてましたが、日が昇り数時間もすると解けるのでしょうね。ちなみに、永平...

2010.02.20 雪景色

えちぜん鉄道・永平寺口駅から、永平寺へ向かうタクシーの車内から見た雪景色です。地元の運転手さんが、「良い日に来た」とおっしゃっておりました。画像の連続アップでいきます。雪景色 その1雪景色 その2雪景色 その3雪景色 その4雪景色 その5永平寺へ向かって、坂道を走ります。<ブログランキング>ポチッとな!でお願いします。にほんブログ村お時間のある方は、以下にもポチッとお願いします。ブログ王ブログセン...

2010.02.20 永平寺口駅

永平寺口駅は、えちぜん鉄道・勝山永平寺線にある駅です。福井駅から20分ほどで到着します。永平寺駅にてこのように一面の雪景色です。永平寺口駅夕べは雪が降っていたのでしょうかね?永平寺口駅 駅舎駅舎は、1914年(大正3年)に建てられたものだそうです。心なしか、屋根が波打っているような気がしますね。雪の多い地域ですから、屋根の葺き替えとかも大変かと思います。永平寺口駅 構内ホームから踏切を渡って、駅舎...

2010.02.20 福井 えちぜん鉄道

福井で特急・雷鳥を降ります。JR福井駅空は晴れていますが、地面には雪が残っています。足を滑らせないよう注意しつつ、えちぜん鉄道の福井駅へと向かいます。えちぜん鉄道えちぜん鉄道は、第三セクターの鉄道です。元は京福電鉄の路線でしたが、1990年代に廃止が取りざたされました。結果として、2002年に、えちぜん鉄道が設立され、一部の路線を除いて路線が継承されました。恐竜?ベンチに座っているのはお客さんでは...

2010.02.20 ますのすし

特急・雷鳥の車内で頂いた「ますのすし」です。ますのすし その1箱の中がどうなっているかというと・・・・ますのすし その2立派な器が出てきました。竹を2本対にして、ぎゅっと結んであるところに目が留ります。ますのすし その3竹の葉を広げると、このように花が咲いたような感じです。プラスチック製のミニナイフで切れ目を入れて食します。味も良いですが、見ていて楽しいお弁当ですね。ますのすし本舗 源:http://www...

2010.03.21 桜咲く

JR横浜線・相模原駅のホームにある桜が咲いていました。桜 その1まだ数える程ではありますが・・・桜が開花しました。桜 その2次の週末くらいには、たくさん咲いているかもしれませんね。<ブログランキング>ポチッとな!でお願いします。にほんブログ村お時間のある方は、以下にもポチッとお願いします。ブログ王ブログセンター...

2010.02.20 特急・雷鳥

金沢駅から、特急・雷鳥に乗り込みます。昨夜の急行・能登の車内まで、この日は七尾線に乗りに行こうと思っていました。出発前に、JR東日本のポスターを見て思った事は「そうだ永平寺へ行こう」でした。例によって土地感が無い訳ですが、北陸といっても永平寺は福井です。急行・能登の車内で時刻表を見ていたら、金沢から福井は思っていたほど時間がかからない事が解りました。これまた例によって計画性の無さを露呈してしまって...

2010.02.19 急行・能登 上野駅

寝台特急・北陸が出発した上野駅のホームを移動します。連絡口方面へホームの端まで戻り、急行・能登が入線してくるホームへと向かいます。上野駅案内板既にホームに居るのですが、能登に乗車するためには、もうひとつ小さな改札を通る必要があります。先頭に「ホームライナー」のヘッドマークを付けた、ボンネット型の電車が入線してきます。ヘッドマークが「能登」に交換され発車準備を整えます。急行・能登 上野駅急行・能登は...

2010.03.06 西武電車

入院中の知人の見舞いに行きました。あまり馴染みの無いエリアで、西武線沿線です。個人的には、西武線は印象が薄く、所ジョージの歌に出てたな・・・程度のものです。実際に乗った回数も片手で収まるくらいだと思います。という事で、西武電車です。西武電車9000系という通勤電車です。西武線というと「黄色い電車」なのだそうですが、最新型は黄色ではなく、黄色い電車としては最終モデルのようです。新型車両と左が新しい車...

2010.01.01 新田稲荷

京都で新年を迎え元日に帰宅したのでありますが・・・地元の神社に初詣に行く事にします。個人的に、何かとご縁のある新田稲荷(しんでんいなり)です。新田稲荷JR横浜線の淵野辺駅から、線路沿いに横浜方面に少し歩いたあたりにあります。ご覧のように、村の鎮守の神様の・・・といった趣の神社です。道祖神鳥居のそばには、双体道祖神が祀られています。新田稲荷は、江戸時代の1818年に、新田開発に伴い鎮守として建てられ...

2010.01.01 JR湖西線 117系電車

三井寺駅から京阪電車に乗ります。来た時とは逆に坂本方面に行き、皇子山駅からJR湖西線・大津京駅へと向かいます。JR湖西線で京都へ戻る事にします。117系電車ホームで待っていると、117系電車が入線してきました。僕が持っている、この車両のイメージといえば、やはり「新快速」です。現在では、後進に道を譲っていますが、顔を見た時に思った事は「あっ、新快速だ」でした。京都から新幹線で帰路につきます。京都駅案...

2010.01.01 三井寺駅

三井寺駅は京阪電鉄・石山坂本線の駅です。三井寺駅とりたてて大きな駅ではありませんし、時間帯により無人となるのだそうです。駅名の通り、三井寺に参拝するなら、もよりの駅であります。お社三尾神社から戻る道すがら、小さなお社を見かけました。何故か土管の覆いの中に収まっています。経緯などは解りませんが・・・どこから持ってきたのでしょうね。大津京駅からJR湖西線に乗り換えて、京都へ戻ります。<ブログランキング...

2010.01.01 三尾神社

三尾神社(みおじんじゃ)は三井寺の総門近くにある神社です。三井寺の観音堂を拝観した後に立ち寄りました。三尾神社珍しいと思ったのは、卯年生まれの守護神というところです。看板境内の碑文によると、859年に社殿が復興されたとあるので、古くからある神社ですね。1876年(明治9年)現在の位置に移転してきたのだそうです。境内のあちこちにウサギをかたどったものが置いてあります。三井寺の仁王門近くのレストランで...

2010.01.01 三井寺 観音堂

西国三十三所の十四番札所、三井寺の観音堂です。毘沙門堂のあるあたりからは少し高くなっていて、石段を上がった場所になります。三井寺 観音堂江戸時代に焼失し、現在の建物は1689年に再建されたものです。観音堂の建っている位置より、少し高い所へ上がる事のできる階段があります。三井寺 観音堂 高台より観音堂のある高台から琵琶湖を望むこ事ができますが、今はかなり市街地化してしまっています。古写真を見た事があ...

2010.01.01 三井寺 毘沙門堂

唐院から観音堂方面に向かう途中にある毘沙門堂です。  三井寺 毘沙門堂江戸時代の1616年に建立されたものと言われています。小さなお堂ですが、妙に気になるお堂でもあります。彩色が施されていて、ちょっと華やかな感じがあります。観音堂方面へと向かいます。<ブログランキング>ポチッとな!でお願いします。にほんブログ村お時間のある方は、以下にもポチッとお願いします。ブログ王ブログセンター...

2010.01.01 三井寺 唐院の伽藍

弁慶の引き摺り鐘がある霊鐘堂から唐院方面へと向かいます。一切経蔵を右手に、その先に三重塔があります。一切経蔵と三重塔もともとは、奈良の比曽寺にあった三重塔で、豊臣秀吉が伏見に移築した後、徳川家康により、1601年に移築されました。室町時代初期に建てられたものです。三井寺 三重塔三重塔の先の一帯は「唐院」と呼ばれ、開祖・智証大師円珍の廟所のある神聖な場所です。三井寺 唐院 灌頂堂灌頂堂は、密教の道場...

2010.03.10 鶴岡八幡宮の大銀杏

鎌倉・鶴岡八幡宮のシンボルともいうべき大銀杏が、本日早朝に倒れたというニュースを聞きました。asahi.com(朝日新聞社):鶴岡八幡宮の大イチョウ倒れる 「実朝暗殺の舞台」 - 社会:http://www.asahi.com/national/update/0310/TKY201003100130.html鶴岡八幡宮:大銀杏倒れる…樹齢千年、実朝暗殺の舞台 - 毎日jp(毎日新聞):http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20100310k0000e040045000c.htmlいちょう(:http://w...

2010.01.01 三井寺 弁慶の引き摺り鐘

金堂、閼伽井屋西方の霊鐘堂に安置されている古い梵鐘で、奈良時代の作と言われています。三井寺の初代の梵鐘で、1602年に現在の梵鐘(三井の晩鐘)が鋳造されて引退しました。弁慶の引き摺り鐘傷や欠損があり、比叡山との抗争の名残と言われています。延暦寺との抗争が激しかった頃、この梵鐘は比叡山に持ち去られた事があったそうです。その時に、この梵鐘を奪って比叡山に引き摺り上げたのが有名な武蔵坊弁慶だったという伝...

2010.01.01 三井寺 閼伽井屋

閼伽井屋(あかいや)は金堂に接するように建った建物です。鐘楼とは反対側で西よりとなります。三井寺 閼伽井屋このお堂の中に三井寺の由来となった霊泉が湧いています。つまり、三井の霊泉を守るための覆堂が閼伽井屋なのです。1600年に豊臣秀吉の正室北政所によって建立されました。三井の霊泉堂内の霊泉です。天智・天武・持統天皇の産湯として、この霊水が使われたことから、「御井」(みい)と呼ばれました。これが三井...

2010.01.01 三井寺 鐘楼

金堂の正面方向の端に、鐘楼があります。三井寺 鐘楼連子で囲われているのが印象的です。1602年に再建されたものです。梵鐘も1602年に鋳造されたもので、近江八景「三井の晩鐘」で知られた鐘です。梵鐘(三井の晩鐘)有料ですが、鐘を衝くことは可能です。名鐘の名に恥じない、良い音色です。(ゴーン)この鐘が鋳造された時に、お役御免となった先代の鐘も境内で拝観する事ができます。金堂近くの閼伽井屋に向かいます。...

2010.01.01 三井寺 金堂

仁王門から参道を歩くと階段の上に金堂が見えます。三井寺 金堂なかなか大きな建物です。現在の金堂は、桃山時代の1599年に再建されたもので国宝に指定されています。死期を悟り三井寺再興を許可した豊臣秀吉の遺志により、秀吉の正室・北政所により再建されました。三井寺 金堂正面先ほど階段の上に見えた金堂の姿は、質は側面です。個人的な感想としては、ちょっと変わった配置という印象です。通常、表門からまっすぐくれ...

2010.01.01 三井寺 仁王門

三井寺の仁王門です。三井寺の表門にあたり、正式には大門といいます。仁王門門に向かって右側には、園城寺と彫られた石碑が建っています。1601年に徳川家康が寄進したもので、もともとは常楽寺の門だったのを移築しました。一時期は伏見に移されていたのだそうです。室町時代の1451年に建立された建物と推定されています。 仁王門をくぐり、金堂へと向かいます。<ブログランキング>ポチッとな!でお願いします。にほん...

2010.01.01 三井寺

三井寺に行きます。京阪電鉄の三井寺駅から、琵琶湖疎水に沿って歩くこと数分で仁王門にたどり着く事ができます。三井寺の名前の起源は、境内にある泉「霊泉」にあります。霊泉の霊水が天智天皇から3人ほどの天皇の産湯に用いられました。この事から、この「霊泉は「御井」(みい)と呼ばれ、御井の寺から三井寺と通称されるようになったそうです。正式には、長等山園城寺(ながらさん おんじょうじ)と言います。三井寺金堂西暦...

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かっちゃん

Author:かっちゃん
かっちゃんの雑記ブログへようこそ!

このブログの主のかっちゃんです。
神奈川県に住んでいます。
少なくとも若者ではありません。
男性です。

淡水のハゼを飼っています。
魚を飼うようになったのはホンの偶然でしたが、今では沖縄まで遠征するところまでエスカレートしています。

採集や飼育の記録に、かっちゃんのお魚ブログを立ち上げましたが、魚以外の情報発信もしてみたくなり、このブログ開設に至りました。
僕にとってブログとは簡易ホームページで、手軽に情報をアップできる道具のように思っています。

好奇心旺盛で行動力があり、いつもお腹を空かせてます。(笑)
思い立ったらすぐに動き出すフットワークの軽快さがウリです。
興味が湧けばいろいろとやってみます。

そういった諸々のネタを発信していければと思っています。
ネタは日々の日常だけでは無く、時に古いネタを引っ張り出してアップしたりもするかもしれません。

基本的にここは趣味の世界なので仕事の話はしません。
また議論、討論のような展開も望みません。

このブログは閲覧を制限していません。
CLOSEDな世界を望むならSNSもありますし、ここではOPENに情報発信をしていきたいと思います。
OPENであるが故の制約もあるでしょうが。
コメントやあしあとを残していただく際には、どんな人が見ているか解らない点を留意くださいませ。

なんだか長くなってしまいましたが・・・・マイペースで気ままに情報発信できればと思っています。

2008年12月18日

E-Mail:kacchan_1963@goo.jp

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