Entries

2009.02.07 寝台特急はやぶさ 2

さて、この後の行き先である。
小倉の街との因縁もあるが、僕が小学校5年生まで住んでいたのは隣りの門司区である。
門司といえば九州の玄関口である。
現在の門司港駅が昔は門司駅で、本州からの連絡船の中継地として栄えた。
僕の住んでいた地域は門司や小倉からは反対側の周防灘側、方向としては瀬戸内海方向である。
以前は日豊本線の下曽根駅からバスがあったが、90年代くらいまでに廃止されてしまっている。

昔住んでいた街に行ってみることにした。

たしか小倉からもバスが出ていたと思ったので路線を確認することにする。
駅に戻りバスの案内を探す。
駅には無さげだったので、直接バス乗り場へ行ってみることにした。
バス乗り場へと向かうと、北方領土変換の署名をと声を掛けられるがパスする。
エスカレーターを下り、バス乗り場にたどり着く。
少しウロウロするうちに目的のバス乗り場を見つけ出し列に並ぶ。
10分程度でバスがくるはずである。

後から年配のご夫婦が何やら話しながらやってきた。
バスの路線を確認しようとしているらしく、列の横をすり抜けて前のほうに出ている。
どうやらここから乗車すれば良いらしい・・・・が、どうした事かそのまま列の前のほうに居座ってしまい、バスが到着すると、当然のような顔をしてさっさと乗り込んでしまった。

オイオイオイ、九州人の心意気はどうなっちまってるんだよ!

と心の中でつぶやいてみる。

バスには終点である営業所まで乗車する。
30分くらいで着くかなーと思っていたのだが・・・・なかなか到着しない。
そのうちウトウトと意識が怪しくなる。
1時間くらいかかって終点の営業所に到着した。

バスの営業所の近くには僕の通っていた小学校がある。
少し離れたところに神社があって、僕が子供の頃は境内に保育園があった。
保育園はその後移転したが、いまでも近くにある。
このご時世である、いくらOBでも敷地内に気楽に入る訳にはいかない。

昔住んでいたあたりに行ってみる。
バスの営業所があるところからバス通りを横切って10分程度のところに父の勤めていた会社の社宅があった。
小学校時代の通学路をたどるように歩くと、途中に水源地と呼んでいた施設がある。
水源地横の川で良くフナを釣った。

水源地の川
小川20090207

つまり、これが「小鮒釣りし かの川」というやつだ。
僕は釣りはからっきしダメで半日粘っても釣れないときもあった。
同じ社宅に住む年上の兄ちゃんは釣りが上手で、1時間もあれば相当な数を釣っていた。
良く連れて行ってもらったが技は伝授されなかったようだ。

さらに道沿いに進むと左側が社宅があったあたりである。

道路に沿った、ほぼ長方形の小さな丘のような地形の上に社宅があり、長方形の短辺の片側からは階段があり、反対側のほうはなだらかに下る道があって、やがて下の道路と合流していた。
道路とは反対側は山に面していて、僕が幼少の頃は何かしらの採掘をしていたらしく日に何度か発破があった。

階段のある側から社宅跡へ上がってみる。
子供の頃は高い階段だと思っていたが、何のことは無い自分が小さかったのだ。
社宅そのものはだいぶ前に取り壊されていて、跡地には草木が茂っている。
冬場で草も枯れているので少し中に入ってみた。
たまに人が入るのか、多少歩きやすくなっているところがあるので、そこに沿って入ってみる。
すぐに木の茂みになってしまって、それ以上は奥に進めそうになかった。
近くに動物のフンのようなものが落ちていた。
犬猫では無さそうだし、人間のものでも無さそうである。
まさか熊じゃないだろうな・・・などと思いつつ引き返す。
階段を降りて道路に戻る。

もう少し先に行くと別の社宅の跡がある。
途中、社宅跡から下ってくる道の合流点がある。
当時はこの辺りに駄菓子屋があったので、小遣いをもらうと社宅から道を下ってここまで買い物に来たものだった。
バス停の名前にもなっている変電所がいまでもある。
小さな変電所である。

別の社宅跡に向かう途中の田んぼには季節がくるとホタルが舞っていたものである。
別の社宅にも友達が住んでいた。
今は荒れ放題になっているが、友達の家は道に近いところにあって、家の周囲を塀の代わりにヒイラギの植木が囲っていた。
ヒイラギの木が残っているので、かろうじてこの場所に人家があったことが解る。

バスの営業所のほうへ引き返す。
一本道であるが2~3分くらい道のド真中を歩いていても往来が無い。
変電所のところまで戻ってくる。
社宅跡から下ってくる道との合流点は、裏山を採掘していた当時ダンプが出入りするところでもあったが今では柵が閉まっている。
社宅跡から下ってくる道も草木に埋もれてしまっている。

ここへまた来ることがあるだろうか・・・・
こんな思いがあったのかちょっとだけ中に入ってみようと思った。

柵の横に人が入れるだけの隙間があけてあったので、そこから入る。
左側は社宅跡から下ってくる道の跡、右側は裏山の採掘場へと続いている。
少し入ったところから裏山の採掘場の跡を眺めていた。
崖のような採掘場の跡にも木が茂り始めているようである。

と、そのとき先ほどの柵のところに車が1台止まった。
中から作業服のような格好の人が降りてきて、さっき僕が入ったところからこっちに向かってくる。
一目で会社の方だろうと見当が付く。

まずい、これは注意されるな・・・
とりあえず誤るしかないな・・・と思っていると「どうしましたか?」と声をかけてくる。
物腰は穏やかではあるが、完全にこちらに非があるので、平謝りに謝った。
「ああ、いいです、そんなに気にしないで下さい」と穏便に話をしていただいた。
別に入ったからといって問題は無いのだが、要は危険だから注意してくださいとの事である。

とはいえ、何をしているのかは説明したほうが良いと思い、自分は子供の頃この上にあった社宅に住んでいて、久しぶりにこの辺りを訪ねたので懐かしくて入ってしまった事を説明した。

「おたく何さん?」と訪ねられたので名前を名乗った。
次に「○○さんって知ってます?」とのことだが知らなかった。

今度はこちらから同級生の名前を言ってみたところ、ご存知のようだった。
3人目の名前を言ったところ、ああ、その人なら自分と携帯繋がってるよという話になった。
ここまでくると、僕が昔の従業員の子息であることに納得されていたらしく、その友達の携帯番号を教えてくれた。

「ではあまり奥までは入らないでね、この辺イノシシが出るから」
と言われ、さっき見た残留物のことを思い出す。
あれを残した主はイノシシだったのか・・・・

「じゃぁ!」と言い残し、その方は去っていく。

いまでは会社の施設もほとんど閉鎖され、事務所にその方ひとりが残っているとの事だった。
僕より少し年上の方であるが、やはりお父さんがこの会社に勤めていたそうで、社宅の集会所にも何度もいらしていたそうだ。

何百人もの従業員がいた古き時代を知っている人と偶然出会い、小学校以来音信の途絶えていた友達の連絡先を教えていただくという、想像もしていなかったサプライズである。

後日談になるが、僕はこの同級生に電話をして話をすることができた。
僕は5年生の時に転校したが、6年生の夏休みに祖父母のところに帰省した折に、この辺りに来たことがあった。
その時、先ほどの別の社宅の友達を訪ねていったのだが、偶然その友達にも会った。
それが最後だったと思う。

幸いなことに、彼も僕のことを思い出してくれた。
今度九州に行ったときには連絡をする約束になっている。

再びバスの営業所の方へと向かって戻っていく。
この辺りから見た田んぼと遠くの山の景色は、僕が子供の頃とあまり変わっていない。

山野
山野20090207

水源地の手前から方向を変えて保育園のあった神社のほうに向かう。
適当に周囲を探索すると、そろそろ撤収の時間となる。

バスは時間が読みきれないためタクシーで下曽根駅に向かうことにする。
タクシー会社の営業所は心当たりがあるので行ってみる。
営業所の前で年配の運転手さんが洗車をしているところだったので声をかける。
その運転手さんは予約が入っているそうで、また別の運転手さんのところに連れて行ってくれる。

発車して少しすると運転手さんが口を開く。

営業所には車が何台か停まっていたが、みな空いている車だそうだ。
現在この営業所には運転手が2人しかいないそうである。
募集は常時かけているが、来る人が居ないんです・・・運転手さんは話好きらしい。

アメリカのサブプライム問題以来の景気後退で、いわゆる派遣切りが問題視されているご時世である。
しかし、その片方で募集をかけても応募してくれる人が居ない会社があるのですよ・・・との事である。

良くも悪くも、このくらい年代の九州人は率直である。

派遣切られてサイフに数十円しか残っていないような人を支援すべし・・・みたいに言われておりますが、本当にそういう人ばかりなんでしょうか?

かたや、人手の欲しい会社があるのに、そういう人が回ってきてくれないのは何故なのでしょうか?
2種免許を取らせてあげますから一定期間は勤めていただくようにはなりますし、研修期間は給料も少ないです。
でもウチは寮も用意してあるし生活はできるはずなんです。
でもそういうのがイヤなのか、人が来てくれないんです。
確かに大変なんでしょうが、あれはイヤこれはイヤ言う人を税金で救済っていうのも、何か変ですよ・・・

結局下曽根に着くまで運転手さんの熱い語りは続いた。
まぁ話は別として、なにかと人間の関わりが濃いのは決して嫌いでは無い。

下曽根駅に到着する。
下曽根20090207

所要時間は大したことがなかった。
行きもこのルートで行けば良かったのかもしれない。

運転手さんは、人懐っこい笑顔で、ありがとうございますと言い残し走り去る。
早く新人さんが入ってくることを祈ろう。

10分ほどで下関行きの電車がくる。
電車に乗ってしまえば門司まではすぐである。
門司に到着するとまずは腹ごしらえである。
改札を出て駅前広場の周辺で食事のできるところを探す。
記憶を頼りに歩いてみると食事のできそうな店があった。

junko
junko20090207

店の中に入るとカウンターだけのこじんまりとしたお店である。
ママさんと思われる方がひとりで切り盛りしているようだ。
さすがにビールを飲む気は無いので、焼き鳥丼なるものを注文する。

焼き鳥丼
焼き鳥丼20090207

なんだか家庭料理のような雰囲気がいい感じである。

ここ門司には熊本発のはやぶさが先に到着し、後から来る富士と連結作業を行う。
はやぶさの停車時間は25分に及ぶ。

少し早めに行ってホームで待つつもりなので、その前に買い物を済ませることにする。
駅前というか駅のビルの一部のようなコンビニがあるので立ち寄る。
夜食と明日の朝食、それからペットボトルのお茶は1リットルを2本購入する。
水分は多めに補給するべきである。
後は電池式の携帯電話充電器を調達した。

あとは寝台特急の到着を待つだけである。
改札の前のモニターでJR九州の列車の映像が流れている。
しばしの間、列車の映像を眺めて過ごすことにする。


<ブログランキング>
ポチッとな!でお願いします。

にほんブログ村 旅行ブログ 国内旅行へ
にほんブログ村



関連記事
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://kacchan1963.blog92.fc2.com/tb.php/18-1ff9707d

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

FC2カウンター

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

月別アーカイブ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

かっちゃん

Author:かっちゃん
かっちゃんの雑記ブログへようこそ!

このブログの主のかっちゃんです。
神奈川県に住んでいます。
少なくとも若者ではありません。
男性です。

淡水のハゼを飼っています。
魚を飼うようになったのはホンの偶然でしたが、今では沖縄まで遠征するところまでエスカレートしています。

採集や飼育の記録に、かっちゃんのお魚ブログを立ち上げましたが、魚以外の情報発信もしてみたくなり、このブログ開設に至りました。
僕にとってブログとは簡易ホームページで、手軽に情報をアップできる道具のように思っています。

好奇心旺盛で行動力があり、いつもお腹を空かせてます。(笑)
思い立ったらすぐに動き出すフットワークの軽快さがウリです。
興味が湧けばいろいろとやってみます。

そういった諸々のネタを発信していければと思っています。
ネタは日々の日常だけでは無く、時に古いネタを引っ張り出してアップしたりもするかもしれません。

基本的にここは趣味の世界なので仕事の話はしません。
また議論、討論のような展開も望みません。

このブログは閲覧を制限していません。
CLOSEDな世界を望むならSNSもありますし、ここではOPENに情報発信をしていきたいと思います。
OPENであるが故の制約もあるでしょうが。
コメントやあしあとを残していただく際には、どんな人が見ているか解らない点を留意くださいませ。

なんだか長くなってしまいましたが・・・・マイペースで気ままに情報発信できればと思っています。

2008年12月18日

E-Mail:kacchan_1963@goo.jp

連携コンテンツ


kacchan_1963をフォローしましょう



過去ログ



過去画像



Instagram


かっちゃんのブログ


画像保管庫


Copyright (C) 2008-2016
http://kacchan1963.blog92.fc2.com/
All Rights Reserved.

ブログランキング

ポチッとな!でお願いします。

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる