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2009.12.31 唐招提寺 境内

唐招提寺の境内を散策します。

講堂を望む
唐招提寺講堂を望む20091231

唐招提寺に行くと、たいてい金堂講堂を拝観して終わってしまう事が多いのですが・・・
今回はまず金堂講堂と諸仏を拝観し、それから境内をゆっくり散策してみることができました。

礼堂
唐招提寺礼堂20091231

礼堂は鎌倉時代の建築です。
唐招提寺は平安時代に衰退した時期があり、鎌倉時代に戒律復興の祖と呼ばれる覚盛に復興された歴史があります。
奈良の他の寺院でも、鎌倉時代に復興・再建されたものは割と多いです。
新興の武家勢力の援助があったのでしょうね。

鼓楼
唐招提寺鼓楼20091231

鼓楼とは、内部に設置された太鼓を鳴らす事で時を告げるための施設です。
起源は中国の古代都市にあり、同じく時を告げる施設である鐘楼と対で建設されるのが基本のようです。
日本の寺院では、どちらといえば鐘をつく鐘楼のほうがお馴染みかもしれませんね。

唐招提寺の鼓楼には、太鼓ではなく、鑑真和上の仏舎利を安置しています。
そのため舎利殿(しゃりでん)とも呼ばれています

小さな2階建て建築ではありますが、侮ることなかれ、国宝建築なのであります。

土塀 その1
唐招提寺土塀1-20091231

伽藍中心部から、奥の御影堂へ向かう途中の土塀です。
国宝建築などと比べられるものではありませんが・・・古式な土塀が目にとまりました。

土塀 その2
唐招提寺土塀2-20091231

土とかわらけを積み上げたような構造になっています。
唐招提寺の隠れた名優といったところでしょうか?

戒壇
唐招提寺戒壇20091231

戒壇は、授戒の儀式を行うための施設です。
古来、仏教の僧侶になるためには、僧侶が日常的に守らなければならない規範である戒律を授かる必要がありました。
戒律を授かることを受戒といい、高僧の立会いのもと、受戒を行う資格を持つ導師から授かった戒律を遵守することを誓うのです。

仏教伝来の頃の日本では、受戒のことはあまり認識されていませんでした。
律令国家の体制が整えられると、課役や課税を逃れる事を目的に私的に僧侶になる者が増え問題となりました。
そこで、遣唐使と共に中国へ渡っていた留学僧を通して、受戒資格を持つ高僧が招聘される事となります。
紆余曲折の末、唐の高僧鑑真は日本へと渡りました。
平城京に到着した鑑真は東大寺に入り、大仏殿に戒壇を築くと多くの僧侶に受戒を行います。

唐招提寺は、天武天皇の皇子・新田部親王の邸宅跡が鑑真に与えられ、寺院として整備したものです。
戒壇は当初からあったとも、鎌倉時代に築かれたとも、あるいは、1度廃止された後鎌倉時代に再建されたとも言われ、はっきりしません。

江戸時代末期までは、建物(戒壇院)がありましたが火災で焼失しました。
3段の石段の上の丸い塔は昭和の時代のものだそうです。
本来なら、この戒壇がもっとも重要な施設なのでしょうね。

唐招提寺は、官営の寺院では無く、いわば鑑真に与えられた私的な寺院であります。
金堂は良時代の唯一の金堂遺構ですし、講堂も奈良時代唯一の宮廷建築遺構です。
いずれも唯一の遺構として貴重なものであり、その存在価値は言うまでもありません。

歴史とは解釈である。
この考え方に立つと少し違う視点があります。
それは、唐招提寺の金堂は、必ずしも奈良時代を代表する金堂建築とは言えない・・・という事です。
他の有力寺院金堂の復元を試みるなら、唐招提寺の金堂は有力な史料とされると思います。
でも実際どこまで参考になるのかは微妙なのです。

国家が招いた高僧である鑑真が、拠点とするに相応しい寺院は東大寺以外無いはずです。
事実、当初5年間は東大寺に在住していました。
国家が執り行う事は政治であり、仏教を国作りの中心にしたのも政治のためです。
鑑真は、どうやら僧侶として純粋な人だったようで、最終的には国の宗教政策の中枢から遠ざけられたようです。

律令国家が総力をあげて造営した東大寺や、有力貴族・藤原氏が建てた興福寺。
それに比べ唐招提寺は、高僧とはいえ渡来僧の私的寺院です。
しかも唐招提寺の金堂は、鑑真没後に建立されたものです。

数百年後の未来に、失われた六本木ヒルズの姿を再現しようとしたとします。
その際に、参考資料になるのは、その時代まで残っていた市営住宅の団地だったとしたら・・・
果たしてどんな復元図ができるのでしょうね。

2008年に奈良の新薬師寺の金堂跡が発掘されました。(講堂では?という指摘もあったそうです。)
現存する江戸時代再建の東大寺大仏殿より、横幅で勝る大規模な建築だったそうです。
もうひとつ重要な話として、金堂正面に幅50メートルにもなる階段が設置されている事です。
従来からは考えられなかった、異例な姿と報告されています。
新しい史料が発見される事で、従来の定説が覆ることは起こりうる事なのです。

もちろん、奈良時代の遺構としての唐招提寺の価値を否定するつもりは全くありません。
歴史を語るための、過去の時代の遺物や遺跡は、そのほとんどが「失われている」のです。
現代に残存している、ほんの僅かな過去の時代の痕跡を注意深く考察していく。
歴史にはそういう側面もあるんですね。

唐招提寺を出て、今度は薬師寺に向かいます。


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魚を飼うようになったのはホンの偶然でしたが、今では沖縄まで遠征するところまでエスカレートしています。

採集や飼育の記録に、かっちゃんのお魚ブログを立ち上げましたが、魚以外の情報発信もしてみたくなり、このブログ開設に至りました。
僕にとってブログとは簡易ホームページで、手軽に情報をアップできる道具のように思っています。

好奇心旺盛で行動力があり、いつもお腹を空かせてます。(笑)
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興味が湧けばいろいろとやってみます。

そういった諸々のネタを発信していければと思っています。
ネタは日々の日常だけでは無く、時に古いネタを引っ張り出してアップしたりもするかもしれません。

基本的にここは趣味の世界なので仕事の話はしません。
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OPENであるが故の制約もあるでしょうが。
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なんだか長くなってしまいましたが・・・・マイペースで気ままに情報発信できればと思っています。

2008年12月18日

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