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2011.12.29 東大寺大仏殿

奈良東大寺大仏殿といえば、誰しもが知っている有名な建築です。

奈良時代に聖武天皇により建立されました。
そもそも聖武天皇が建立しようとしていたのは大仏で、大仏殿はいわば箱物です。
大仏が完成した後、758年に落慶します。

中門の外より
東大寺大仏殿2-20111229
http://photozou.jp/photo/show/278614/143475769

古代寺院の伽藍配置としては、金堂に相当します。
本来なら東大寺金堂というのが正しいのですが、大仏殿の呼び名の方が一般的ですね。

2度の戦火によって焼失し、現存する大仏殿は江戸時代に再建されたものです。

大仏殿 1
東大寺大仏殿3-20111229
http://photozou.jp/photo/show/278614/143476167

現存する大仏殿も巨大ですが、創建当時の大仏殿は現在より横幅が1.5倍ほどあったそうです。

大仏殿模型
東大寺大仏殿模型-20111229
http://photozou.jp/photo/show/278614/143476454

大仏殿の中に展示されている創建時大仏殿の復元模型です。
屋根の上の鴟尾の間や、前面の柱の数など規模の違いが見て取れます。

江戸時代の再建時、当初の計画は創建当時と同規模でしたが、予算不足などの理由により規模を縮小したそうです。

大仏殿 2
東大寺大仏殿4-20111229
http://photozou.jp/photo/show/278614/143476738

正面から見た大仏殿です。
重機の無い時代に、良くこんな大きな建物を造ったものです。

1181年、平重衡を総大将とする平氏の軍勢は南都へ侵入します。

この時代、東大寺興福寺などの古代寺院は、広大な荘園を持ち多くの僧兵を抱える一大勢力であり、朝廷の意向に従わない事も度々ありました。

平治の乱の勝者・平清盛は南都のある大和国を知行国としました。
清盛の知行国支配は旧来の寺院勢力の反発を招き、やがて対立するようになります。
反平氏勢力の一翼となった南都の寺院勢力と、ついに直接対決するに至ります。

奈良坂と般若寺を占拠した平氏軍の放った火は、折からの強風により南都中心部へと広がります。
やがて大火災となり、興福寺東大寺にも延焼します。
東大寺は大仏殿をはじめ主要な伽藍の大半を焼失し壊滅的な被害を受けます。

南都焼討は、寺院に属する僧兵(大衆)の討伐を目的としていましたが、寺院そのものを焼き払うまでの意図があっての放火だったのかは微妙なところなようです。

大仏殿前
東大寺大仏殿前1-20111229
http://photozou.jp/photo/show/278614/143477045

大仏殿から中門方面を望みます。
いつ訪れても東大寺は人が多いです。

南都焼討の後、東大寺は僧・重源を大勧進として復興が進められます。
鎌倉幕府を開いた源頼朝もかなり援助したようです。
1190年、再建大仏殿が完成します。

重源は、新しい大陸の建築様式である天竺様(大仏様)によって大仏殿・南大門などを再建しました。
この時の大仏殿の規模は創建当時と同規模であったとされています。

大仏殿 3
東大寺大仏殿5-20111229
http://photozou.jp/photo/show/278614/143477357

ここで、大仏殿の左右の鴟尾をクローズアップしてみます。

鴟尾 1
東大寺大仏殿鴟尾1-20111229
http://photozou.jp/photo/show/278614/143477636

鴟尾 2
東大寺大仏殿鴟尾2-20111229
http://photozou.jp/photo/show/278614/143477898

明治時代の古写真には、この鴟尾が見当たりません。
どういういきさつなのでしょうかね?

幕末・明治期 日本古写真メタデータ・データベース 東大寺大仏殿(1):
http://oldphoto.lb.nagasaki-u.ac.jp/jp/target.php?id=71

時代は下り1565年、室町幕府の13代将軍足利義輝が、三好三人衆と松永久秀により暗殺されるという事件が起こります。(永禄の変)

三好氏は室町幕府管領・細川氏の家臣にあたる家柄です。
のちに戦国大名化すると、実質的に室町幕府の実権を握り畿内一帯を支配するに至ります。

しかし、黄金時代を築いた三好長慶が没すると、後継ぎの義継が若年のため、実権を後見役の三好長逸・三好政康・岩成友通(三好三人衆)や家老の松永久秀らに奪われてしまいました。

永禄の変までは協力関係にあった三好三人衆と松永久秀ですが、永禄の変以降は主導権争いに陥り次第に対決姿勢を強めていき、やがて三好三人衆が三好義継を庇護した事により決定的に決裂します。

これに対して、松永久秀は三人衆方と思われる大和国の戦国大名筒井氏に対して攻撃を始め居城筒井城を陥落させます。
しかしその後は摂津国や堺での戦いを経て、松永久秀は劣勢となります。
三好三人衆は快進撃を続け、山城国・摂津国を支配下に置き、松永方を圧倒します。

1567年、三好三人衆に庇護されていた三好義継が突然敵方であるはずの松永久秀に保護を求めるという事件が起こります。

三好義継の寝返りに対して、三好三人衆は大和国へ侵入し、筒井氏と連合軍を組みます。
松永久秀は多聞山城(奈良市内にほど近い)を拠点として対抗します。

やがて、松永・三好連合軍は東大寺の戒壇院・転害門に布陣、間合いを詰める三人衆・筒井連合軍と、東大寺南大門付近で激しい銃撃戦を展開します。
小競り合いが続く中、三人衆・筒井連合軍は、多聞山城との間合いを詰めるべく東大寺に陣を進めます。

東大寺側は、松永久秀が多聞山城を築城するなどにより寺領を侵食されており、積極的に三人衆・筒井連合軍側に加担したとされています。
しかしこの事により、大仏殿と大仏の命運は定まったものと思います。

その後6か月に渡り戦闘は膠着状態が続きます。
これまでの劣勢を一気に挽回すべく、松永・三好連合軍は勝負に出ます。
三好三人衆軍の本陣がある東大寺を夜襲したのです。

こうして、ついに東大寺の寺域そのものが戦場となりました。(東大寺大仏殿の戦い、または多聞山城の戦い)
夜始まった戦闘は完全に不意打ちであり、戦闘準備の整っていない三人衆・筒井連合軍は総崩れとなります。

戦闘中の失火が飛び火し、やがて大仏殿の回廊に延焼、その後燃え広がって大仏殿に燃え移ります。
僧・重源が再建を果たした鎌倉期大仏殿も、翌午前2時頃、ついに焼け落ちてしまいます。

こうして、松永・三好連合軍が勝利し、大和国の実権は松永久秀が握る事になります。

大仏殿 4
東大寺大仏殿6-20111229
http://photozou.jp/photo/show/278614/143478156

向かって右側から大仏殿を望みます。

2度目の戦火で焼失した大仏殿は、その後長く再建されませんでした。
江戸時代になり、公慶上人の尽力により1691年に再建されます。
これが現存する東大寺大仏殿なのです。

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魚を飼うようになったのはホンの偶然でしたが、今では沖縄まで遠征するところまでエスカレートしています。

採集や飼育の記録に、かっちゃんのお魚ブログを立ち上げましたが、魚以外の情報発信もしてみたくなり、このブログ開設に至りました。
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そういった諸々のネタを発信していければと思っています。
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