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2011.12.29 東大寺大仏

奈良東大寺大仏殿のご本尊、誰もが知っている奈良の大仏さまです。

大仏 その1
東大寺大仏1-20111229
http://photozou.jp/photo/show/278614/169415866

この時代の寺院の伽藍配置からすると、大仏殿は金堂に当たります。
大仏さまの名は、正しくは金堂に鎮座するご本尊・盧舎那仏座像です。

盧舎那仏は、大乗仏教の経典である華厳経により世界の中心としての絶対的な仏とされています。
華厳経はインドに伝わる様々な経典をまとめたもので、原典はサンスクリット語で書かれています。
サンスクリット語のヴァイローチャナを音写したのが盧舎那仏です。

大仏 その2
東大寺大仏2-20111229
http://photozou.jp/photo/show/278614/169416009

743年、紫香楽宮の地において聖武天皇の大仏造立の詔が発せられ、大仏造立も甲賀寺で行われるはずでした。
しかし、聖武天皇は短期間のうちに遷都を繰り返し、745年には5年ぶりに平城宮へ戻りました。
これにより、現在の東大寺大仏殿のある場所での大仏造立が始まります。

難工事の末に、752年に開眼供養が行われます。
鋳造は終了していたものの、開眼供養の後も仕上げ作業などがしばらく続いたようです。

こうして完成した大仏ですが、完成後数十年で亀裂や傾きが生じはじめ、855年の地震では首が落ちるという事故が起きています。
東大寺の伽藍もそうですが、当時の技術の限界を超えた建造物であったのでしょう。

大仏 その3
東大寺大仏3-20111229
http://photozou.jp/photo/show/278614/169416167

1181年1月14日(旧暦12月27日)、平重衡率いる平氏4万の軍勢は南都へと進軍、奈良坂・般若寺に砦を築いた南都側と激しく交戦します。
戦いは平氏軍優勢なるも決着は着かず膠着します。
翌15日になって、ようやく平家軍は奈良坂を占領し般若寺に本陣を移します。

その夜、周囲の民家から出た火が強風に煽られ奈良中心部に延焼し大火災となります。
平重衡が灯りを求めたところ、火攻めの命令と勘違いした配下が火を放ったという説もありますが、計画的な戦術上の放火であったとする説もあります。
いずれにしろ、この大火災により東大寺大仏殿は焼失、大仏も灰燼に帰しました。

平重衡は後に捕えられ護送された鎌倉で源頼朝と引見しています。
頼朝は、重衡の器量に感心して厚遇したとされています。
平家滅亡後、南都衆徒の強い要求により重衡は身柄を引き渡されますが、東大寺興福寺を焼いたのは本意では無かったと語っていたとも伝えられています。

大仏 その4
東大寺大仏4-20111229
http://photozou.jp/photo/show/278614/169416302

東大寺の再建は、大勧進職となった僧・重源によって進められ、大仏も宋の鋳工陳和卿らの協力を得て再興され、1185年に開眼供養が行われました。

時代は下って1567年、東大寺は再び戦火に巻き込まれます。

この頃、一時期室町幕府の実権を管領・細川氏の家臣である三好氏が握っていました。
当主・三好長慶が没すると、三好家は重臣の松永久秀や一族の三好三人衆に実権が移ります。

当初は手を携えて後継の三好義継を支えた両者ですが、やがて決裂し三好家を二分しての対決となります。
三人衆の軍は大和国に侵攻、大和国人筒井順慶と共に松永久秀の居城・多聞山城を包囲します。
この戦いの最中、三好三人衆の庇護下にあった三好義継が松永久秀に付くという事態が起こり、以後松永久秀と共闘し三好三人衆に対抗するようになります。

これに対抗し、三好三人衆は大和国へ入り東大寺大仏殿に本陣を置き、多門山城への攻撃を繰り返します。
やがて、松永・三好連合軍は焼失した戒壇院の跡に陣を進め、大仏殿に依る三人衆・筒井連合軍と対峙します。

戦線が膠着するなか、劣勢を挽回すべく松永・三好連合軍は東大寺大仏殿に奇襲攻撃をかけます。
不意を突かれた三人衆・筒井連合軍は総崩れとなり、この時の戦火によって大仏殿は焼失し、大仏も頭部を損傷しました。

大仏の台座
東大寺大仏台座20111229
http://photozou.jp/photo/show/278614/169416464

2度の戦火に遭い、奈良時代に造営された部分は台座部分くらいで、胴体は鎌倉時代、頭部は江戸時代に造られたものです。

1567年の兵火後、大仏の再興は進ます、頭部を銅板で仮復旧した状態のままで長らく放置されます。
大仏の現状を嘆き再興を決意した僧・公慶の努力によって、江戸時代初期にようやく再興されます。
1692年に大仏の開眼供養が行われ、1709年に大仏殿も落慶供養が行われます。

現存する大仏や大仏殿は江戸時代に再建されたものです。

大仏 その5
東大寺大仏5-20111229
http://photozou.jp/photo/show/278614/169416626

少し下がって光背を背にした大仏さまです。
奈良時代の大仏造立事業には、聖武天皇の一念によるもので、国家の財政や現状を度外視し、結果として疲弊を招いたという批判もあったようです。
同時に、様々な問題を内包していたとはいえ律令国家という体制は、全国の富を集約し大事業を起こす事を可能にしていたとも言えます。

歴史に「IF」はあり得ないのは承知していますが、もし創建当初の大仏と大仏殿が現在まで残っていたならば、どれほど凄いものだったのだろうか?と想像してしまうのです。

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