暮れは京都へ行く。
目的は夜の宴であるが、ついでに一泊二日で京都周辺を観光してくる。
ここ10年ほど、すっかり年末の恒例行事となっている。
今回は京都周辺の観光の話題である。
新横浜を7:49発ののぞみに乗る。
あー500系だった・・・・(当然画像なし)
冬型の気圧配置だったのか、けっこう寒い。
座席につくと、まずは朝食である。
シューマイ弁当

新横浜から新幹線となれば、定番は崎陽軒のシューマイ弁当なのだ。
良く晴れていて空気が澄んでいる。
座席が山側なので富士山が見えるかもしれない・・・・と期待する。
期待どうり、小田原の手前でもうバッチリである。
定番の富士山ビューポイントはやはり新富士ということで、しばし待つ。
富士山

撮影地点は新富士の手前くらい・・・・だったかな。
年末のあれこれで、前日あまり寝ていなかったので、途中で寝るかも・・・と思いきや、やはり列車の車内で居眠りをする気にはならないらしい。
列車は順調に名古屋を過ぎ、関が原付近へ
なんと・・・一面真っ白である
米原の手前くらい

静岡あたりとは大違いである。
特に遅れることも無く京都に到着する。
JR奈良線のホームへ向かう。
この時点では、行き先は伏見のつもりであった。
伏見の後どうしようか決めていない、さてどうしようか・・・・
ということで思いつきで奈良へ行くことに。
だったら法隆寺へ行ってみよう・・・という展開になった。
奈良まで行くなら近鉄特急というのが相場だと思うのだが、既にJR奈良線のホームに来てしまっている。
みやこ路快速

ここまで来て近鉄の乗り場に戻るのもちょっと・・・ということで、このままJR奈良線のみやこ路快速に乗ることにする。
少しウトウトしているうちに奈良に到着する。
JR奈良駅といえば、こじんまりとした地上の駅舎だったのが、いつのまにか高架の駅舎に立て替えられている。
まだ工事中の所もあるようだ。
ひょっとして、これもあのマスコットキャラクターのご利益か・・・とも思ったが、結局、せんとくんにも、まんとくんにも、鹿のしかぽんにも一度も遭遇しなかった。
個人的には・・・このテのマスコットにあまり肯定的な意見を持ってはいない。
関西本線に乗り換える。
法隆寺駅で下車する。
法隆寺駅

僕は法隆寺駅にはちょっとした因縁がある。
以下余談である。
ときに西暦1979年1月、つまりいまを遡る事30年前の話である。
年末年始を親の故郷である九州で過ごした後、かっちゃん少年は家族と別行動を取り、単身奈良に居た。
夕方近くになって法隆寺を目指し法隆寺駅で下車したが、真冬の日没は早く拝観は無理かなと・・・という状況だった。(というか今思うに拝観時間は終わっていたかも)
こんなところでのんきに構えていたのには理由がある。
九州を発つとき、母から、「奈良へ行くなら大阪の大叔母に泊めてもらいなさい、電話を入れておくからね」と言われていたのである。
すでに周囲は真っ暗である。
この当時の法隆寺駅は地上のこじんまりした駅舎だったし、駅前にもこれといって何もなかったように記憶している。
少し離れたところにポツンと交番があった。
さて、暗くなって寒くもあるので、大叔母のところに電話をかける。
住所やもより駅は聞いていないので、移動する前に聞いておく必要がある。
大叔母は不在だった。
周囲に何も無いので、待合室に座って時間調整をする。
ところが、20:00を過ぎても大叔母と連絡が取れなかった。
イヤな予感がする。
とはいえ他に手立ても思いつかず、このまま待ち続けることになる。
22:00近くになっても大叔母とは連絡がつかない。
これは完全にマズイ。
23:00を過ぎて、駅員から、こんなところに居るなと注意される。
やむを得ず、待合室を出る。
最後の望みをかけて大叔母に電話をかけるが、相当数コールしても誰も出ない。
やがて終電も行ってしまい、駅も営業終了となる。
しょうがないので、公衆電話の横あたりで夜を過ごす覚悟を決める。
さすがに寒いが、不思議と凍死する気はしなかった。
0:00を過ぎた頃、交番の戸がガラガラと開く音がして、誰かの足音がこちらに向かってくる。
誰かといっても当然おまわりさんしかいないのだが。
おまわりさんは、まっすぐ僕のところにやってきたので、誰かが通報したのかもしれない。
職務質問をされたので、事情を説明すると、とりあえず交番に連れていかれる。
まずは持ち物検査である。
学生証から、家出人の照会を電話で取る。
当然該当しない。
家出人の疑いははれたのであるが、ここに泊めるのもどうかということで、本署からパトカーがやってくる。
僕の身柄は本署のほうへ移されることとなる。
生まれて初めてパトカーに乗った。
移動ルートは法輪寺〜法起寺を通るルートで、パトカーの運転手はその都度ここが法輪寺だ・・・といった具合に案内をしてくれた。
30年前のことである、周囲は真っ暗でボンヤリと三重塔が見えた。
本署に到着すると、いまいちど質問をされたが、そのままストーブの横で寝かせていただいた。
結果的に朝一番で法隆寺を拝観することができた。
後に判明した事実だが・・・・母は大叔母に電話をかけるのを忘れていたし、大叔母は旅行中だったそうだ。
当時の法隆寺駅とはすっかり様子が変わっていて、交番も見当たらない。
だいたいおまわりさんの足音が聞こえたくらいだから砂利道だったのではないだろうか?
はっきり憶えていないが、当時は法隆寺まで歩いて行ったと思われる。
いまではバスが運行されている。
こじんまりとした可愛いバスである。
イコカが使えるようなので、運転手にスイカは使えるかと聞いてみる。
人懐っこそうな笑顔で、運転手が使えないんです・・・と教えてくれる。
バスに乗ってしまうと所要時間はわずかである。
松の並木の先に法隆寺の門がある。
法隆寺南大門

この門の手前でボランティアの方に声をかけていただき、観光案内をしてくれるとの事だが遠慮させていただく。
門をくぐり、石畳の参道を進むと法隆寺の中心伽藍である。
修学旅行などで、多くの人が訪れる場所でもある。
法隆寺中門

中門の前を回廊に沿って左側へ進む。
拝観券を購入し、中心伽藍の中を拝観する。
法隆寺金堂

法隆寺五重塔

五重塔・金堂側から

大講堂

法隆寺の中心伽藍は何度見ても素晴らしい。
塔と金堂の欄干の色が少し違って見えたのは補修だろうか?
五重塔は反対側から撮影したほうが良い感じだと思うのだが、この日は強烈な逆光のため無理なようだ。
が、この後雲がでてきて逆行線が一時的にさえぎられる。
五重塔・反対側から

時間をかけてゆっくり廻ったので、タイムリミットが迫る。
夜は京都で用事があるのである。
法隆寺を隅から隅まで廻ろうとしたら、相当の時間が必要なはずだ。
後は夢殿を見て引き上げる。
法隆寺夢殿

バスで法隆寺駅に戻る。
奈良でJR奈良線に乗り換え、東福寺から京阪電車に乗るルートを取る。
京阪電車の車内で不思議な座席を見る。
座席の後がドアになっているのである。
どうやらラッシュ時間帯は、この座席は使用せず、ドアが開閉するらしい。
外から見ると↓こんな感じである。
京阪電車

右側のドアが開いているのに手前のドアは閉まったままである。
そして、中には座席があるのである。
この画像は京阪電車を降りるときに発車間際に撮影したものだが、降りた駅の名称が変わっていた。
以前はたしか四条京阪という駅だったと思ったが、祇園四条となっている。
祇園四条

地上に上がると南座がある。
八坂神社の方向へしばらく歩くと、暮れの京都での常宿となっている祇園ホテルに到着する。
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